酸塩基平衡の計算(血液ガス分析)
正常値と簡単な解説
- pH:7.35~7.45
- PaCO2:35~45 mmHg
- 酸。呼吸性アシドーシスでは上昇し、呼吸性アルカローシスでは低下します。肺で調節されています。
- HCO3–:22~26 mEq/L
- アルカリ。代謝性アシドーシスでは低下し、代謝性アルカローシスでは上昇します。腎臓で調節されています。
- アニオンギャップ(AG):10~14 …計算式:Na+-(Cl–+HCO3–)
- 代謝性アシドーシスの際に、アニオンギャップが増加性か正常性かの判別に用いられます。
- AGが増加する代謝性アシドーシス …Cl–以外の陰イオン(ケトン体や乳酸など)が増加すると、その分HCO3–が減少するため、AGは上昇します。ケトアシドーシスや乳酸アシドーシス、腎不全(有機酸の蓄積)、アセチルサリチル酸(アスピリン)中毒は、このタイプに該当します。
- AGが正常の代謝性アシドーシス(=高クロール性アシドーシス) …下痢や尿細管性アシドーシスなど、HCO3–が喪失しその分Cl–が増加する場合、このタイプに該当します。
- アニオンギャップが低値 …偽性高Cl–血症(同じハロゲンである臭素やヨードの増加)ではAGが低下します。例えば、臭素中毒やヨード中毒が該当します。
- 代謝性アシドーシスの際に、アニオンギャップが増加性か正常性かの判別に用いられます。
- ΔAG-ΔHCO3–:-5~+5 …計算式:(AGの増加分 – HCO3–の減少分)
- AGが高値の時のみ確認します。AGが増加する代謝性アシドーシスのみが存在する場合、その差は0になるはずです。+5より大きい場合はHCO3–を上昇させる要因(代謝性アルカローシス)があると考えられます。-5より小さい場合はHCO3–を減少させる要因(AG正常性の代謝性アシドーシス)があると考えられます。
- Na-Cl:36 …通常の採血のみで確認できるため有用です。計算方法:NaからClを差し引く
- AGの式を変形すると理解しやすいです。
Na-Cl=AG+HCO3–=12+24=36
AGが一定と仮定すると>36は代謝性アルカローシス(または呼吸性アシドーシスの代償)、<36は代謝性アシドーシス(または呼吸性アルカローシスの代償)を示します。ただし注意点があります(後述)。
- AGの式を変形すると理解しやすいです。
酸塩基平衡異常を引き起こす薬剤や原因は意外と身近にあります(利尿剤によるアルカローシス、下痢によるアシドーシスなど)。酸塩基平衡異常(アシドーシス・アルカローシス)の原因と注意を要する薬剤もご覧いただくと理解がより深まります。
読み方の解説と、使用方法
この計算機は、動脈血ガス分析の検査結果を入力すると、様々な計算式を用いて解釈するプログラムです。
pH、PaCO2、HCO3–を入力すると
- アシデミア(pH<7.35)かアルカレミア(pH>7.45)か
- 呼吸性アシドーシス、呼吸性アルカローシス、代謝性アシドーシス、代謝性アルカローシスの判別
- PaCO2もしくはHCO3–が基準値から外れているか判定します
- PaCO2とHCO3–の変動の割合が大きい方で判定します
例えば、pH 7.32、PaCO2 60 mmHg、HCO3– 30 mEq/L、Na+ 143 mEq/L、Cl- 100 mEq/Lでは、アシデミア、PaCO2の方が大きく上昇しているため、呼吸性アシドーシスと判定します(例1:COPDの急性増悪)
- 適切に代償されているか
- 傾いたpHを人体が7.4に戻そうとし、それを代償と呼びます。
- 例えば、代謝性アシドーシスがあれば、呼吸によりCO2(酸)を排泄することで調節されます。呼吸性アルカローシスがあれば、腎臓によりHCO3–(アルカリ)を排泄することで調節されます。
- 下記の計算に従って判定します。±2までのずれは許容します。
代償の計算式
代謝性アシドーシス:PaCO2=1.5×HCO3–+8 mmHg(Winters formula)
代謝性アルカローシス:HCO3–が1 mEq/L増加するとPaCO2が0.7 mmHg増加
呼吸性アシドーシス:
急性:PaCO2が10 mmHg増加するとHCO3–が1 mEq/L増加
慢性:PaCO2が10 mmHg増加するとHCO3–が4~5 mEq/L増加
呼吸性アルカローシス:
急性:PaCO2が10 mmHg減少するとHCO3–が2 mEq/L減少
慢性:PaCO2が10 mmHg減少するとHCO3–が4~5 mEq/L減少
代償の範囲を超えていれば他の酸塩基平衡異常の評価
例えば、急性の経過で、pH 7.50、PaCO2 20 mmHg、HCO3–15 mEq/L、Na+ 140 mEq/L、Cl– 105 mEq/Lでは、アルカレミア、PaCO2が低下しているため呼吸性アルカローシスで、HCO3–の低下はその代償です。代償は適切でしょうか?
- 急性(数時間程度)の場合、PaCO2が20 mmHg減少するとHCO3–は4 mEq/L減少しますので、
代償の範囲は、HCO3–= 24 – 4 = 20 ±2 mEq/Lとなります。
HCO3–は15と代償の範囲を下回っているため、他の酸塩基平衡異常があり、+代謝性アシドーシスと判定します(例2:アスピリン中毒+過換気症候群)。
アニオンギャップの計算
さらに、Na+、Cl–を入力すると
- アニオンギャップ(AG)を計算し評価 …Na+-(Cl–+HCO3–)
(アルブミン4 g/L未満の場合にアルブミンの数値を入力すると補正AGとして評価)
- 例えば、pH 7.32、PaCO2 30 mmHg、HCO3– 15 mEq/L、Na+ 145 mEq/L、Cl– 100 mEq/Lでは、アシデミア、HCO3– が低下しているため代謝性アシドーシスです。
代償は、PaCO2 = 1.5 × 15 + 8 = 30.5 ±2mmHgと適切です。
アニオンギャップは145 – (100 + 15) = 30 mEq/Lとなり、AGが増加する代謝性アシドーシスと判定します(例3:糖尿病性ケトアシドーシス)。 - 例えば、pH 7.33、PaCO2 33 mmHg、HCO3– 17 mEq/L、Na+ 140 mEq/L、Cl– 113 mEq/Lでは、アシデミア、HCO3– が低下しているため代謝性アシドーシスです。
アニオンギャップは140 – (113 + 17) = 10 mEq/Lとなり、AGが正常性の代謝性アシドーシスと判定します(例4:トピラマートによる代謝性アシドーシス)。
- 例えば、pH 7.32、PaCO2 30 mmHg、HCO3– 15 mEq/L、Na+ 145 mEq/L、Cl– 100 mEq/Lでは、アシデミア、HCO3– が低下しているため代謝性アシドーシスです。
- ΔAG-ΔHCO3–の評価(AG>14のときのみ)
- ΔAGはAGの増加分(AG-12)、ΔHCO3–はHCO3–の減少分(24-HCO3–)です。
そして、ΔAG-ΔHCO3–を計算します。
AGが増加する代謝性アシドーシスのみが存在する場合、その差は0になるはずです。この数値が0より十分に大きいとHCO3–を上昇させる要因(代謝性アルカローシス)があると考えられます。この数値が0より十分に小さいとHCO3–を減少させる要因(AG正常性の代謝性アシドーシス)があると考えられます。 - 例えば、例3のケースですとΔAGは18、ΔHCO3–は9です。その差は9であり>5のため、AGが増加する代謝性アシドーシス+代謝性アルカローシスと判定します(例3:糖尿病性ケトアシドーシス+嘔吐)。
- ΔAGはAGの増加分(AG-12)、ΔHCO3–はHCO3–の減少分(24-HCO3–)です。
Na-Cl差について
Na-Cl差の基準値は36です。解釈に注意は必要(後述)ですが、血液ガスが無くとも通常の採血のみで酸塩基平衡異常が検知できるため、有用です。これは下記から導くことができます。
AG=Na+-(Cl–+HCO3–)
Na-Cl=AG+HCO3–=12+24=36
Na-Cl>36はHCO3–の上昇を示し代謝性アルカローシスを示します。
Na-Cl<36はHCO3–の低下を示し代謝性アシドーシスを示します。
ただしこれらには注意点があります。
- AGが増加する代謝性アシドーシスでは、通常同じ分のHCO3–も低下するため、Na-Clが変化しないため判断に用いることはできません(Na-Cl=AG+HCO3–)。
- 呼吸性アシドーシスでは代償でHCO3–が上昇します。この場合、Na-Clは上昇しますが代謝性アルカローシスは代償反応の結果です。
- 呼吸性アルカローシスでは代償でHCO3–が低下します。この場合、Na-Clは低下しますが代謝性アシドーシスは代償反応の結果です。
上記の場合には、Na-Clで判別するのは望ましくないと考えられますので、血液ガスの確認が必要とされています。
- 例1(COPD急性増悪)はNa-Cl=43>36で、代謝性アルカローシスが検知できますが、これは(呼吸性アシドーシスの)適切な代償の結果でした。Na-Clのみでは代償の計算ができないのが欠点です。
- 例2(アスピリン中毒+過換気症候群)はNa-Cl=35で、AGが増加する代謝性アシドーシスは検知できませんでした。
- 例3(糖尿病性ケトアシドーシス+嘔吐)はNa-Cl=45>36で、代謝性アルカローシス(嘔吐)であることは検知できますが、AGが増加する代謝性アシドーシス(糖尿病性ケトアシドーシス)は見逃してしまいます。
- 例4(トピラマートによる代謝性アシドーシス)はNa-Cl=27<36で、アニオンギャップ正常性の代謝性アシドーシスが検知できます。
薬剤の観点からNa-Cl差を筆者が考察
- ダイアモックスやトピナによるアシドーシスは、炭酸脱水素酵素阻害作用を有するために起こります。また、尿細管性アシドーシスが副作用として報告される薬剤も多数あります。簡易的なNa-Cl差による副作用モニターは、このようなアニオンギャップ正常性のアシドーシス(Na-Cl<36)の場合は有用と考えます。
- ループ/チアジド系利尿薬によるCl–欠乏や、甘草による偽アルドステロン症は、代謝性アルカローシスの原因となります。簡易的なNa-Cl差による副作用モニターは、このような代謝性アルカローシス(Na-Cl>36)の場合は有用と考えます。
- メトホルミンによる乳酸アシドーシスは、AGが増加する代謝性アシドーシスです。Na-Cl差は変化しないため、アニオンギャップが増加する代謝性アシドーシスの場合は不適と考えられます。
*ただし他の酸塩基平衡異常が合併している場合など、Na-Cl差で検知できない状況がありうることは常に念頭に置く必要があります。
参考文献
Berend K, et al. Physiological approach to assessment of acid-base disturbances. N Engl J Med. 2014 Oct 9;371(15):1434-45.
Wrenn K. The delta (delta) gap: an approach to mixed acid-base disorders. Ann Emerg Med. 1990 Nov;19(11):1310-3.
Wilner A, el al. Topiramate and metabolic acidosis. Epilepsia. 1999 Jun;40(6):792-5.
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